暗黒のブラック企業勤務時代と、底辺から見えた光、そして起業

僕は、今でこそ自分の会社でビジネスをして、そこそこ食えるようになったのですが、昔はうだつの上がらないただのサラリーマンでした。

また、よく著名な起業家にありがちな「英才教育を受けた超エリート」でもなければ「極悪ヤンキー、暴走族・チンピラ上がり」でもない、無名な大学を卒業した何の武勇伝もない、地味で中途半端な存在でした。

そんな凡人かそれ以下な僕が、どのように独立したかどうかを、書いていこうと思います。

独立・起業、フリーランス成りを考えていたり、踏みとどまってる方に読んでいただけたらと思います。

適当な就活とリーマンショックの地獄

2008年4月、僕は4大卒の新卒として、とある独立系と言われるSI系中小企業にシステムエンジニアとして入社しました。

大学生時代は部活(吹奏楽部)にハマっていて、就活はそこまで気合いを入れてやっておらず、
とりあえず正社員だったらどこでもいいや、ぐらいな気持ちでした。

そんな軽い気持ちで社会人生活を送っていたら、ほどなくしてあのリーマンショックがやってきます。

会社の経営状況にも悪影響が出て、社会人2年目の僕は案件や常駐先がない、所謂「社内ニート」となってしまいました。

僕以外にも、新人の半分近くが同じ状況でした。

そして僕含む社内ニートになった人たちは、やることがないので、会社の方針で社内で資格取得の勉強の日々が続きます。

それだけならまだしも、会社の売上低下により社内の雰囲気は最悪でした。

上司は僕を含む新人に対して、重箱の隅をつつくような就業態度の指摘をします。

上司への挨拶の仕方、言葉遣い、有休の使い方について(月曜はみんなで足並みを揃えるために取ってダメだとか・・・)など色々と、執拗な注意を受けました。

追い討ちをかける失恋と、人生初のカウンセリング

また僕は、同時期にプライベートでも失恋が重なり、しかもそれのどれもが、他人と比較されて自分は選ばれなかったという形です。

たとえば、やっと付き合えたと思ったら2週間で振られた事があり、その理由も後から知人経由で聞いたら、別のエリートサラリーマンと付き合う為だったようで、それを聞いて更にショックを受けました。

「僕は会社にも誰にも、必要とされていない存在なのか…」

僕は自分の事を元々天才だとは思っておらず、凡人程度と思ってましたが、凡人どころかそれ以下である事を思い知らされ、そんな事を思っては落胆の日々でした。

あまりにもつらかったので、人生で初めて心理医療(カウンセリング)や精神科に行きました。

その時に、医師に言われた言葉が印象的でした。

僕が、当時の状況をありのままに話すと、

「まあ、薬とかあげる事は出来るけど…、就職先とか環境を変えないと根本的には解決しないと思うよ」

医師はそう淡々と述べました。

「そうか、今の環境がダメなのか。」

そう思い、職場や人間関係について疑問を、ようやく抱き始めました。

考えてみたら、社内ニートになる以前から、仕事が夜遅くまである事が多い割に、残業代が出なかったりという状況でした。所謂ブラック企業です。

音楽と本が、心の支えだった

そんな状況の中、当時の唯一の心の支えは、「DAISHI DANCE」というDJさんの音楽でした。

偶然、友人に教えてもらったのですが、自分の好みにドンピシャで、当時は本当に彼の曲ばかり聴いていました。

彼の曲がなかったら、僕は本当にダメだったかもしれない、と本気で思います。

そして、医師の言葉を反芻し、環境を変えるとか、一体どうすれば…
と思いながら駅の本屋に寄ると、一冊の本が目に入りました。

それが、あの、ホリエモン…堀江貴文さんの

「君がオヤジになる前に」

という本でした。

この本は、堀江さんへSNS等を通して寄せられる悩み相談に対する回答をベースにした、所謂自己啓発本です。

その中に、彼が以前離婚して精神的に辛かった頃と、それを乗り越えた時の話が書いてありました。

「闇の底へ落ち続けると、その闇の中から光が見えてくる。ハードルは地面の下からでも突破出来るのだ」

そのような事が書いてあり、僕はそれを読んで、泣いてしまいました。

「そうか、僕も今は正直つらいけど、いずれ光が見えてくるんだ」

と少し希望が持てるようになりました。

そして、ホリエモンらしく起業について推奨していて、いずれ起業もアリかもしれないな、と意識し始めました。

環境を変えれば人生が変わるという事を実感

まずはなんでもいいから、環境を変えたい。

そう思い、前述のDAISHI DANCE(以下、DD)が回しているクラブへ行く事にしました。

オシャレに興味がなくて、ゲーム好きでオタク気質な僕がクラブなんてとても行くような場所ではないと思ってたし、周囲にもクラブに行くような人が一切いませんでした。

でも、どうしても彼の曲を現場で聴いてみたいと思い、思い切って行きました。

当時流行っていたMIXIというSNSで、DD好きのコミュニティがあったのですが、それがきっかけでクラブでDD好き同士の友人が増えました。

やがて、クラブ外でもみんなと飯に行ったり遊ぶようになり、吐くまで酒を飲んだり…若かった(笑

ちなみに彼らとは今でもたまに飯に行ったりしてます。

DD好きの仲間は、普通の社会人より人生を楽しんでいたり、普通とはちょっと違った人生を歩んでいたり、面白かったり刺激になったりする人が多かったのです。

逆に、今までの人間関係にはそういったものがありませんでした。

更に言うと、妻との出会いもこのコミュニティだったりします。(笑

結果、そういった新しい出会いによって人生が好転し、めっちゃ自分の人生を前向きに考えれるようになったのです。

一方仕事ですが、前述のブラック企業を辞めて、派遣社員のエンジニアになりました。

派遣と言うと待遇が悪いイメージかもしれませんが、エンジニアの場合は当時、
PHPエンジニアで時給2,000円以上は当たり前(今ならもっと高いかも)で、残業があっても働いた分の時給はしっかり出たので、実質的な年収が増えました。(ブラック企業時代は年収300万円程度だったのが、+100万円ほどになりました)

また、正社員のような責任もなく、残業もあまり無かったので、仕事以外の時間は飲み遊んでばかりでした。

そんなわけで、20代は仕事は二の次で、遊びに全力投球でしたが、今は仕事メインの毎日が苦じゃないのは、20代のうちに遊び尽くしたからだと思います。

結婚と起業の決意

そして、30歳になりたての頃に妻との結婚を決意するのですが、今のまま経済的に支える事が出来るのか?と思いました。

正社員(サラリーマン)ではエリートにならないと高年収は厳しく、レッドオーシャンであるという事は、新卒時代から痛感していました。

一方、前述の堀江さんの本では、稼ぐなら起業を推奨していたり、この時期に読んでいたイケハヤさんのブログで、フリーランスエンジニアのエージェントサービス(営業代行)について言及しており、これならフリーランスとして独立できそうだと思いました。

加えて、僕は正社員のような守られてる身分だとなまけてしまい、追い詰められないと力を出せない性分である事をわかっていたのと、20代は遊び尽くしたから、これからしばらくの人生は仕事重視で良いと考えていました。

こういった自分の考えをまとめ、実際にフリーランスエンジニアのエージェントサービスの会社に相談に行ったら、半ば強引にサービスに誘われ(笑)晴れてサラリーマンを辞めて、個人事業主として働き始める事となりました。

人生を変える2大行動「環境を変える事」と「ハマる事」

ビジネスマンとして成功するのであれば、10代や20代の頃から実践を積んでバリバリ働くべきだったのかもしれません。

でも僕の20代は、ブラック企業で無気力状態になったり、クラブで友人と遊びまくったりで、総じて仕事が重要な要素ではなく、人生を彷徨ったり、遊ぶ事にハマったと言えます。

だからこそ、環境を変える事や、遊びだろうが何だろうがハマれば何も気にならないぐらいに楽しめる、という事が分かりました。

また、今ビジネスに集中出来るのも、20代で遊びきったと言えるからです。

このように何にしてもやり切るなり色々と彷徨って試行錯誤して心のモヤモヤを書き消せば、人生とても楽しいし、可能性を感じる事が出来ます。

もし、今、人生がつまらないという方は、なんでもいいから彷徨ってもがいて、環境を変えまくってハマるものを1つ見つけると良いんじゃないかと思いますし、それは何歳から初めても遅い事はありません。

これ以降の話はまた追って書いていきますが、少しでも自分の生き方に悩んでいる方のヒントになれば幸いです。

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